かなり以前に気づいたことがある。これは単純なことなので、はるか昔に気づいた人がいそうだが、不勉強なせいか、現在まで他からわたくしの耳目に入ってきていない。だから、わたくしが自前で考えついたことには違いない。それで、下に述べます。
敬語の特徴として、それが普通のいいかたより長い、つまり音の数が多い、ということがある。
尊敬語としての「おっしゃる」は、「言う」よりも長い。尊敬語としての「いらっしゃる」「おいでになる」は、「行く」「来る」「居る」よりも長い。謙譲語としての「うかがう(伺う)」は、「聞く」「尋ねる(訊ねる)」「訪問する」の意味を持つが、「尋ねる(訊ねる)」という意味での「きく(訊く)」よりも長く、「訪問する」という意味での「行く」よりも長い。
これには、時間と労力の問題がかかわっていると思われる。普通のいいかたより長い、つまり音の数が多い言葉を発すれば、普通のいいかたよりごくわずかだけ時間と労力がかかる。ごくわずかではあっても、そこに、「私はあなたに対し、通常より時間と労力をかけることによって敬意を表します」という姿勢を象徴的に込めてみせることになるのだと思われる。
略称は逆に、普通のいいかたより短く、その分時間と労力がかかっていないので、ぞんざいな印象を与えることが多いと思う。これは日本語に限らないのではないか。略称を、積極的に対象への負の感情を担わせて用いれば蔑称になるわけであり、「Jap」は「Japanese」より短い。
2026.5.6.