“物語の因果律”などもそうだが、言葉を手前勝手に使うことが多い。キャッチコピーのような造語をこしらえてしまうことも多い。今後長くブログを続けることができれば、他所では見られないような言葉、他所では見られないような言葉の使用法が、文章のなかに増えていくのは明らかである。それらは読み手のかたがたにとって、けっこう目障りであったり煩わしかったりするかもしれない。文章を読み続ける妨げにならないことを願っています。
自分自身に起こる現象で、わたくしが“後(あと)からヘウレーカ”と呼んでいるものがある。ある言葉に秘められた意味に、長い年月を経たのち突然ひらめくように気づくことである。
たとえば、テレビアニメ『遊星少年パピイ』(フジテレビ系列、1965年~1966年)に登場するキャラクターに、「キリトビ」という名の「忍者」がいた。番組が放送されていた当時はわからなかったが、長い年月を経たある日、「キリトビ」に含まれた意味が、突然ひらめくようにわかった。ああそうか、「霧隠才蔵(きりがくれさいぞう)」(架空の忍者の名前。「真田十勇士」の一人)と「猿飛佐助(さるとびさすけ)」(架空の忍者の名前。同じく「真田十勇士」の一人)か。
またたとえば、タレントの 車だん吉 を初めてテレビで見たのは、『コント55号の世界は笑う!』(フジテレビ系列、1968年~1970年)か何か、コント55号(萩本欽一、坂上二郎)の冠番組においてであったかと思うが、わたくしの記憶が正しければ、そのとき彼の芸名は「たんくだん吉」であった。わたくしは子どもで、「たんくだん吉」という言葉にどういう意味があるのか考えてもみなかったが、芸名として記憶に残った。そして長い年月を経たのち、突然ひらめくようにわかったのである。ああそうか、「タンク・タンクロー」(阪本牙城作の漫画、およびその主人公の名前)と「冒険ダン吉」(島田啓三作の漫画。主人公の名前は「ダン吉」)か。
道満晴明作の漫画『冒険者絶対殺すダンジョン』は、現時点で単行本が3巻まで出ている(KADOKAWA)。ダンジョン攻略ロールプレイングゲームのパロディである。ゲームでは通常、プレイはダンジョンを攻略しようとする「冒険者」の立場で行われるが、この漫画では、主人公がダンジョンの“従業員”であり、「冒険者」たちを殺すためにあの手この手を繰り出す。その、通常とは逆の視点での描写に多くを割いているところが、作者のアイデアということになるかと思われる。冒険者たちは次々に死んでいくし、主人公も何回も死ぬ。しかし死んでも復活できる。タイトルは物騒だが、(少なくとも単行本第3巻までは)シビアな作品ではない。ギャグマンガである。
このブログ内ですでに投稿した文章『二大巨匠に関する些末的なこと』にわたくしは、「他にわたくしがよく読む漫画家では、たとえば道満晴明は猫好きだと思う。彼の漫画には「猫キャラ」が数多く登場し、しかも総じて魅力的に描かれている。」と書いた。『冒険者絶対殺すダンジョン』に登場する冒険者パーティのなかに、「猫キャラ」3名によって構成される“ちゃっかり系”弱小パーティがあるのだが、このパーティもなかなか魅力的である。3名とも女性で、リーダーは「ナオちゃん」と呼ばれ、他の2名の名前は「セト」と「イズモ」である。「彼の漫画には「猫キャラ」が数多く登場し、しかも総じて魅力的に描かれている。」と書いたとき、わたくしは彼女たちのことも意識していたのだが、名前に込められた意味についてはわかっていなかった。なんとなく「セト」という名前はエジプトに関係あるのかな、と思ったりしたのだが、そうではなかった。『二大巨匠に関する些末的なこと』を投稿してから1か月ほどして、突然わたくしの頭のなかで「セト」と「イズモ」が結びついた。「サンライズ」じゃん。東京―岡山間は併結運転して、岡山―出雲市間は「サンライズ出雲」、岡山―高松間は「サンライズ瀬戸」に分かれて運行する、日本に唯一残った寝台列車じゃん。三十何年前に徳島に住んでいたときは一度ならず寝台特急「瀬戸」に乗ったのに、「出雲」と合体して「サンライズ出雲/サンライズ瀬戸」になってからチケットを取ろうとしたら取れなかったやつじゃん。「ナオちゃん」の「ナオ」は、猫の鳴き声からきているのかな。しかし、これは、長い年月を経たのちにわかったことではないので、わたくしにとって“後からヘウレーカ”の範疇に属さない。
また、テレビアニメ『黄金バット』(日本テレビ系列、1967年~1968年)で、悪の首領「ナゾー」は、「ローンブロゾー」という言葉を発しながら登場するのが常であったが、しばらくのちに、「ローンブロゾー」という言葉は実在した人物(精神科医)の名が元になっているということが、S・S・ヴァン・ダインの推理小説を読んでいてわかった。こういう偶然とはいえ他者から教えてもらうようなかたちも、“後からヘウレーカ”とは呼ばない。
わたくしが勝手に作った言葉の詳しい定義など、ひとさまにとってはどうでもよい。だいたい、“ヘウレーカ”などとたいそうな言葉を使っているが、上記した例からもおわかりのように、ひとさまにとってはどうでもよいようなことに気がついて一人で悦に入っているだけである。また、そんなの初見でわかったぜ、というかたもいらっしゃるだろうと思う。
漫画『ワイルド7』は、望月三起也の代表作である。警視庁のエリート警官であった草波勝(くさなみまさる)は、「証拠がないためやむをえず悪人とわかりながら世の中にのさばらせるよりいっそ消してしまったほうが…」(『ワイルド7』(徳間コミック文庫)第1巻p49)という考えの持ち主であり、意見の合わない上司と論争したのち失踪する。そして、検察庁の大物の後ろ盾を得て、「悪党には悪党をぶっつける」(同p24)目論見のもとに、「いずれも死刑一歩手前の罪をおかした悪党ども」(『ワイルド7』(徳間コミック文庫)第2巻p375)7人をスカウトし、「ワイルド7」という組織を作り上げる。「ワイルド7」は警察に属し、(草波を除く)メンバー7人は警官である。しかし、「証拠 尋問 裁判 判決 処刑 というめんどうな手続きはふまず いっきに処刑する権利をもつ」(同第1巻p145)。彼らは白バイ警官の格好をしており、悪党相手にオートバイアクションとガンアクションが展開される。リーダーであり漫画の主人公である飛葉大陸(ひばだいろく)は本名の「飛葉」で呼ばれるが、他の6人はそれぞれ「世界」「八百(はっぴゃく)」「オヤブン」「ヘボピー」「両国」「チャーシュー」と、通称で呼ばれる。
「ヘボピー」は、大力無双の巨漢である。長髪で、ひげを生やし、常に丸いサングラスをかけている。「ワイルド7」にスカウトされる前の彼は「ヒッピー」であった。『Wikipedia』によれば、「ヒッピー(英:hippie,hippy)は、1960年代後半にアメリカ合衆国に登場した、旧来の価値観に対するカウンターカルチャーの一翼を担った若者を指す」。『週刊少年キング』誌上で『ワイルド7』の連載が始まったのは1969年で、いわゆる「70年安保」の時代であり、「ヘボピー」のキャラクター設定は、かなり当時の世相を反映したところがある。「ワイルド7」として「学生デモを鎮圧に行けとの指令だぞ!!」の言葉に対し、「どっちかってえと…学生側のかんがえ方なんでねおれは…」と返す(『ワイルド7』(徳間コミック文庫)第1巻p310)彼には、米軍基地に侵入してジェット機10台以上に火をつける破壊活動を行い、逃げられずにいたところを草波と飛葉に救いだされて「ワイルド7」にスカウトされた経緯がある。
「ヒッピー…本名を辻 あだ名はヘボピー」(『ワイルド7』(徳間コミック文庫)第1巻p341)と、草波の言葉にある。「ヘボピー」の本名については上野顕太郎が自作の漫画のどこかで言及していたと思う。近年、あだ名の「ヘボピー」のほうに“後からヘウレーカ”が起こった。
『Wikipedia』のやはり「ヒッピー」の項に、「HIPとはその語源が確かではない。1940年代のアフリカ系アメリカ人の間で流行したジャイブを踊る若者のスラングとしても使用された。当時、HIPは「飛んでいる」という意で用いられており、それを1950年代のビートニクが採用し、一般化するようになった。」とある。スラングとしての「hip」には「イケてる」という意味がある。上記した『Wikipedia』の引用からはよくわからないが、かつてわたくしが読んだいくつかの1960年代ごろのアメリカの小説(日本語に翻訳されたものだが)の記憶から推測するに、そのころにおいても「hip」は「イケてる」というニュアンスで使われてもいた。近年になってからのある日、ああそうか、とわたくしは思った。「ヘボピー」の「ヘボ」は、「ヒッピー」の「ヒップ」の対義語として使われているのか。「ヒップ」が「イケてる(当時の言葉では、「いかしてる」)」ことを意味するのに対し、「ヘボ」は「イケてない」ことを意味しているのか。これはちょっといいと思いますね。このネーミングはさすがだと思います。何がいいかというと、「ダサい」ということをいうために「ヘボ」という言葉を持ってきた、そのチョイスの「ダサさ」が。それを意図的に行ったのかもしれないところが。
2026.6.28.
改2026.6.29.