(注:この文章には、オノ・ナツメ作の漫画『BADON(バードン)』についての、自分には中程度と思われる“ネタばらし”が含まれています。)

少女漫画の歴史における「24年組」という言葉は、狭義には、1950年(昭和25年)2月生まれの竹宮惠子(竹宮恵子)や1949年(昭和24年)5月生まれの萩尾望都を中心とするいわゆるかつての「大泉サロン」近辺の漫画家たちを指すと思われる。そして、「花の24年組」ともいわれたように、「粒ぞろいである」という意味も込められていたと思う。わたくしなどが振り返ってみても、狭義の「24年組」に限らず、その世代の(1947年から1950年ごろに生まれた)少女漫画家たちは綺羅星のごとくで、少女漫画の発展に多大な貢献をしたと思う。とりわけ重要なことに、1970年代に彼女たちが、それまで少年漫画では描かれていたが少女漫画では描かれてこなかった題材について描き、ジャンルの幅を広げたことがあると思う。それは結果的に男性の読者層を大いに獲得したと思う。わたくしもその一人である。個人的な見解として、1970年代に少女漫画は格段に面白くなった。そして、上記世代の少女漫画家のうちの何人かは少年誌にも作品を描いた。現在は女性向けであるか男性向けであるかを特定しない漫画雑誌も出ているようだが、彼女たちの活動はその遠因の一つになったかもしれない。ここで「彼女たち」という言葉を使っているのは、同世代の少女漫画家にはたとえば和田慎二(1950年生まれ)や柴田昌弘(1949年生まれ)のような男性もいたが、彼らは含まず女性作家に限って述べているという意味を含んでいる。

狭義の「24年組」には含まれないが、丘けい子(1947年生まれ)は、とりわけ多様な題材の漫画作品を描いた作家という印象がある。Wikipediaの彼女の項には、「主に短編の古典的少女漫画を手掛けており」とあり、それはわたくしも同じような感じを持っている。しかし、ちょっとつまんだだけ、という趣の作品もあったかもしれないが、とにかくいろいろな素材をとりあげていたという印象が強い。高校野球もとりあげたし、「カリブの女海賊」も描いたし、実写テレビドラマのコミカライゼーションだが拳法漫画も描いたし(『紅い稲妻』)、青池保子(1948年生まれ)の『エロイカより愛をこめて』にさきがけてエスピオナージも描いた(『挑戦』)。わたくしは、池田理代子(1947年生まれ)の『ベルサイユのばら』の連載が始まってしばらくのあいだ、実際読んだことがなかったため、同じ集英社系の漫画家だということも手伝ってか、作者は丘けい子だと思い込んでいた。丘けい子の漫画としては、作中でジャンヌ・ダルクをとりあげた作品を読んだことがある。

それで、そのあたりで女性漫画家は漫画のジャンルにあらかた手をつけつくしたかと思っていたが、大物がまだ残っていたのだということに、近年オノ・ナツメの作品を読むようになって気がついた。「時代劇」と「裏社会」である。

「時代劇」というのは、「歴史もの」という意味ではない。オノ・ナツメ以前に「歴史もの」を描いた女性漫画家は何人もいる。さいとう・たかを の『無用ノ介』や小池一夫/小島剛夕の『子連れ狼』が時代劇である、というのと同様の意味での「時代劇」である。わたくしから見た「本格時代劇」を描いた女性漫画家をオノ・ナツメ以前には知らない。新選組の沖田総司を主人公とし、1970年代に少女誌に掲載された漫画『あさぎ色の伝説』は時代劇だと思うが、作者は和田慎二であった。

オノ・ナツメの漫画で「裏社会」を描いて秀逸なのが、単行本にして全9巻(スクウェア・エニックス)の長編『BADON(バードン)』である。

オノ・ナツメは、キャラクターの造形、ストーリーの構成ともに優れた漫画家で、数多くのキャラクターを個性的に描き分け、それらを巧みに動かしてストーリーを展開する。『BADON(バードン)』は、物語の舞台を先行する作品『ACCA13区監察課』と同じ架空の国(ドーワー王国)に設定し、『ACCA』と同じように群像劇の要素も見て取れる。ドーワー王国内でもガラの悪い地域ということになっていると思われる「ヤッカラ区」(たぶん作者は日本語の「輩」をもじってその名をつけている)出身で、ヤッカラの刑務所に服役中に知り合った4人の男が、出所後集まって首都「バードン」に行き、再生のために協力して起業し運営していこうとする話である。

『BADON(バードン)』の主人公は、4人のうちの一人で起業の発案者「チーロ・ハート」と考えられる。彼は刑務所に入る前は裏社会の巨大組織「ユーカー」の一員であった。4人とも犯罪を犯して服役したといっても、裏社会の組織に属していたのは彼だけである。

「ハート」は、ポーカーフェイスで思ったことをズバズバ直言する男で、どこか獸木野生(伸たまき)の漫画『パーム』シリーズに登場する「ジェームス・ブライアン」を思い出させるところがある。しかし「ハート」は「ジェームス」ほど完全に無表情ではないし、「ジェームス」が虚無的で「俺ならいつ死んでもかまわんぞ」というようないわば「怖いものなし」のキャラクターであるのに対し、「ハート」には、彼がその前に出るだけで発汗が止まらないような、異常に緊張する相手がいる。

それが「エリオ」である。

起業のため首都「バードン」に来たものの、4人とも前科があるので銀行が資金を融資してくれない。完全に堅気になり、古巣「ユーカー」とのかかわりを断ちたいと思っていた「ハート」だが、やむなく(合法的に)「ユーカー」に借金を願い出る。その窓口になるのが「エリオ」である。

「ユーカー」の首領「ドラド」は、貧困のなかからのし上がり、一代で巨大組織を作り上げた男らしい。「エリオ」はその弟で、組織のナンバー2である。彼には実務能力があるようだ。物腰が穏やかで人当たりがよく、バランサーのようにも見え、人望もある。しかし、底には冷徹な行動原理がある。

「ハート」は、おそらくその誠実さ、忠実さによって「ユーカー」の一族、とりわけ「エリオ」に愛された。しかしその反面「ユーカー」は「ハート」に多大な犠牲を強いもした。彼が服役したのも、組織のために身代わりになって逮捕されたのがきっかけである。そして服役中に、組織を「抜けていい」と伝えられる。刑務所内まで直接伝えに来たのは「エリオ」である。

街の不良少年であった「ハート」を拾い上げて組織に入れたのは「エリオ」で、直属の部下としてしばらく手元で育てた。その間のある日、「エリオ」の冷徹な行動原理は彼に冷酷な行動を起こさせ、「ハート」はそれを目撃せざるを得なかった。「エリオ」のとった冷酷な行動は、重大な犯罪である。すぐにそれは組織内では周知のこととなっただろうが、目撃したのは「ハート」だけであり、「ハート」だけが法廷での証言者になり得る。実際は、その重大な犯罪を「エリオ」は「ハート」の目に触れずに実行できたはずである。そこをあえて目撃させたのはなぜか。組織を抜けられなくするため、というのはおかしい気がする。事の成り行きの一部始終を見ていた人間、「法廷での証言者」ではない「証人」を一人作っておきたかったのではないかと解釈する。

しかし、目撃した内容自体がショックなうえに、法廷での証言者になり得る立場に置かれて、しかも「エリオ」は自分を殺そうと思えば造作もなく殺すことができるのだから、「ハート」からすればひどい重圧をかけられたことになるわけである。

そのことも含めて、「エリオ」は「ハート」に大きな負い目を感じていると思われる。

「エリオ」は「ハート」に大きな負い目を感じており、いまでも彼を気に入っている。「ハート」は「エリオ」に大きな恩義を感じており、いまでも彼を敬愛している。

それでもやはり「ハート」の警戒と緊張は消えない。直接会って借金を返すため、彼は定期的に「エリオ」のもとに赴かなければならないが、そのたびに異常に緊張してしまう。堅気の人間として可能な限り裏社会に関わりたくないという意味も込めて、早く借金を返して、できるだけ彼から遠ざかっていたい。

『BADON(バードン)』は、後半から終盤に進むに従って裏社会に関する描写が増えていき、上記したような「ハート」と「ユーカー」の関係にまつわるエピソードが次々に明らかになっていき、「ギャング」や「マフィア」を題材にしたアメリカ映画をほうふつとさせるような迫力を見せる。

『BADON(バードン)』に先行し、「ドーワー王国」ではなく1960年代のアメリカ合衆国に舞台を設定した同じ作者の漫画『レディ&オールドマン』にも「裏社会」が描かれているが、そこでの「ビッグアイ」の「ナット」に対する負い目よりも、「エリオ」の「ハート」に対する負い目のほうが、格段に説得力がある。作者の筆は進化している。

『BADON(バードン)』の終盤で、「ユーカー」の長老たちと「エリオ」が会合しているところを描いた場面がある(単行本第9巻(スクウェア・エニックス)p171~)。これは重要な場面で、ここで「エリオ」は、自らの冷徹な行動原理において、守るべきものの最上位を「血縁」から「組織」へ変更したのだと思う。

そして、話は大きく飛ぶのだが、もう一つ。

わたくしは視たことがないが、今年のNHKの大河ドラマは『豊臣兄弟』である。かつてわたくしは『BADON(バードン)』を読み、この会合シーンから、もし豊臣秀長が秀吉死後も生きていたら、ということに思いを馳せた。

  2026.5.6.

  改2026.5.9.

  改2026.5.11.

投稿者

しまづみ

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